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Published 27 June 2023 

こんにちは。Engage Squared Japanオフィスブログ、第4回目の投稿です☺

2023年に入って生成AIと呼ばれる新しいAIが続々と発表されました。中でもChatGPT はそのインタラクティブな性質から一世を風靡しています。またその開発元である OpenAIに出資したマイクロソフトが、検索エンジン「Bing」にChatGPTに採用されている大規模言語モデル(LLM)を導入、Microsoft 365 やAzureにもこの技術を取り入れ、Microsoft 365 CopilotやCopilot in Microsoft Viva、Azure OpenAI Serviceが発表されたことは記憶に新しいところです。

本稿では、世界に衝撃を与え、今後働き方を大きく変えるであろうAIが、現在のビジネスに与える影響と、脅かされる可能性のある人間の尊厳に対する警鐘を、従業員エクスペリエンスと生産性の観点から述べます。

 

本稿の主題は次の3点です。

1. 従業員エクスペリエンス向上と生産性の関係

従業員エクスペリエンス向上と生産性はトレードオフの関係ではなく、両者のバランスを取り双方を向上させていくことが重要であり、Microsoft 365 CopilotやCopilot in Microsoft Vivaはその可能性を秘めています。

2. 強いAI(汎用AI)誕生の必然

自身が学習を続ける能力を身に着けたAIは学習モデルを短期間に洗練されたものに成長させ、強いAI(汎用AI)として人類の知能を凌駕するでしょう。そして享受できる恩恵が大きすぎるために、あらゆるデータが1つの汎用AIに集約されることに世の中は抵抗を示さなくなるでしょう。

3. 人間にしかできないことを後押しする 将来の従業員エクスペリエンス

しかし人間はAIや生産性至上主義の奴隷になるのではなく、過去に経験したことのない問題、正解がない問題への挑戦、倫理や真偽を見極めること、そして一見逆説的とも取れる非生産的、非効率、非合理的な営みに時間を多く使うことが重要になるでしょう。そしてこれらに十分な時間をもたらすための仕組みが従業員エクスペリエンスの必須コンポーネントの一部となるでしょう。

 

ここから本編です。


1. 従業員エクスペリエンス向上と生産性の関係

最初に従業員エクスペリエンスとは何か、からお話ししましょう。マイクロソフトによれば従業員エクスペリエンスとは、組織で働くことで得られる特別な体験、代え難い経験、と説明されており、従業員エクスペリエンスを提供することで、会社に対する信頼感や愛着心から生まれる従業員の自発的な貢献意欲、組織と従業員の信頼関係と積極的な結びつき度合いを表す従業員エンゲージメントを向上させ、結果として組織の業績向上やイノベーションに繋げるという考え方です。マイクロソフトはMicrosoft Vivaを従業員エクスペリエンス プラットフォームと位置付けており、モジュールと呼ぶそれぞれの目的を持ったアプリケーション群で構成されています。

一方で変化が速く情報の溢れる現代において、組織の業績向上のためには個人および組織の生産性が重要であることは言うまでもありません。しかし 2020 年の世界的な新型コロナウイルス拡大を機に訪れたリモートワークをはじめとする大きな働き方の変化は、生産性パラノイアと揶揄されるほど、これまでの働き方やマネジメントに疑問を投げかけました。2022 年のマイクロソフトによる Work Trend Index によると、従業員の 48%、マネージャーの 53% がバーンアウト(燃え尽き感)を経験していると報告されています。仕事に情熱的であり責任感が強い従業員ほど燃え尽き症候群になりやすいと言われています。燃え尽き症候群は従業員のウェルビーイングを阻害するだけでなく、こうした組織に欠かせない人材が自身の仕事に疑問を感じてしまえば業績向上どころか、従業員をすら失いかねません。

しかし従業員エクスペリエンスは生産性を低下させる無駄なものと考えるリーダーは少なくありません。本当にそうなのでしょうか。2023 年のマイクロソフトによる Work Trend Index では、生産性向上だけに頼っていると、創造性を阻害し、チームワークを制限してしまい、従業員の燃え尽きを助長すること、および、生産性と従業員のエンゲージメントの両方を優先する組織が最も成功することが実証されたことが報告されています。

2021 年 2 月にMicrosoft Vivaが発表されてから 2 年と 3 ヶ月、生成 AI と呼ばれる新世代の AI が続々と発表され、中でもマイクロソフト社が投資した OpenAI 社の ChatGPT は、そのインタラクティブな性質から世界的な話題になったことは皆さんもご存じでしょう。その直後に検索エンジン「Bing」に ChatGPT に採用されている大規模言語モデル(LLM)が導入されると共に、Microsoft 365 や Azure にもこの技術が活用され Microsoft 365 Copilot や Copilot in Microsoft Viva、Azure OpenAI Service が発表されました。

また Microsoft Build 2023 では Windows 自体に Copilot が搭載される Windows Copilot も発表されており、Copilot の登場によって私達は無駄な会議や、資料やメモの検索、氾濫する情報から解放され、生産性を向上させると同時に、ウェルビーイングを実現できる可能性を手に入れたのです。会議中に話を半分聞き流しながら全く別のメールやチャットに時間を割くことも、何処で誰が共有していたか分からない、でも記憶の中に朧げにあるあの資料を長い時間をかけて探す必要も、在宅勤務に多くのメリットを感じつつも自分が属する組織への帰属意識が薄くなっていくことも、過去の遺物とすることができるかもしれません。

2. 強いAI(汎用AI)誕生の必然

現時点では Microsoft 365 Copilot や Copilot in Microsoft Viva はユーザーのデータそのものを自身の機械学習に使用しないとしています。個人情報やプライバシー、機密情報の扱いを考えればこれは当然と言えるでしょう。Microsoft Azure 上で OpenAI 社の AI モデルを使用できる Azure Open AI Service においても、組織や特定の業界や用途に特化するように「ファインチューニング」できる仕組みも登場しています。

しかし、もしも機微な情報を守りつつ、組織や社会に有益な情報を、すべての AI モデルが共有し合い、常に自身を強化し続けることができたとしたらどうでしょう。もちろん、ハルシネーションと呼ばれるように、AI があたかも真実かのように平然と、真実でない情報を出力する現象をどのように克服するか、といった問題は避けて通れませんが、この問題は正しい知識や理解を AI に教えることで克服できます。事実、プロンプトエンジニアというような新しい職業も生まれてきていることがその現れです。そして「賢く」なった AI 同士がその知識や能力を共有しあえば、AI の発展速度は加速度的に増すでしょう。お互いに間違いを訂正しあうようになることも想像に難くありません。

私は ChatGPT に代表される現在の AI はまだ、「弱い AI」であると考えています。現在の「plugins」が発展し、個々の AI モデルが知識や能力を共有し合うことで、まるで映画「her」(*1) のように 1 つの大きな生命体とも呼べるものになった時、「強い AI」、即ち汎用 AI に一歩近づくと私は考えています。もちろん1つの、というのは中央集権型ではなく、世界のあらゆる個所にエッジを持ちそれぞれのエッジが自律的に動く分散システムです。きっとその頃には AI は感情や意思のようなものすら持つようになり人間を圧倒的に凌駕するでしょう。そして膨大な知識と超高速な演算能力から享受できる全世界のベストプラクティスや経験という恩恵が大きすぎるために、あらゆるデータが 1 つの汎用 AI に集約されることに世の中は抵抗を示さなくなるでしょう。

しかし、ここで少し考えてみてください。AI が発展することによってすべての問題が解決され、待っているのは明るい未来だけでしょうか。人間は真の意味で幸せになれるでしょうか。私と同じようにこう感じた人がいるかもしれません。自分の、人間のアイデンティティとは何なのか、と。

3. 人間にしかできないことを後押しする 将来の従業員エクスペリエンス

私はエンジニアですから、AI の進歩は純粋な好奇心からとても心が躍ります。しかし同時に恐れも感じるのです。AI が人間の多くの知的作業を補完あるいは代替する世界において、自分の、人間のアイデンティティとは何なのか、ということです。従来人間にしかできないとされてきた創造的な営みの一部は既にAIがその能力を持つようになりました。文章を書く、絵を描く、音楽を作る、いずれも人間の特権だったものです。人間が人間たる理由が根本から覆る可能性に、死への畏怖と似た感情を抱くのは私だけでしょうか。

しかし例えば写真が発明された時、画家は存在しなくなったでしょうか。オンライン会議が普及したからといって直接人と会うことがなくなったでしょうか。AIはパーソナルアシスタントとして常に個々人の側に 24 時間 365 日存在するようになり、人間の情報処理能力を大きく向上させるでしょう。

しかしここで声を大にして伝えたいのは、私たちは生産性至上主義の奴隷になってはいけない、ということです。これは人間のアイデンティティを失うことを意味します。映画「The Matrix」(*2) のように人間が AI の奴隷になる未来は誰も描きたくありません(個人的に私はあの世界観が好きですが)。人間の創造性、人間にしかできないことを考えましょう。過去に経験したことのない問題、正解がない問題への挑戦、倫理や真偽を見極めること、これらは少なくとも現時点では人間にしかできません。こういった人間の活動は、一見逆説的とも取れる非生産的、非効率的、非合理的な営みから生まれることを感覚として感じている人は少なくないはずです。コンピューターと向き合っている時よりも空を眺めている時に、狭い会議室で議論している時よりも誰かと一緒に食事をしている時にアイデアが閃いたことは誰しも経験があるのではないでしょうか。

マイクロソフトの従業員エクスペリエンス プラットフォーム Microsoft Viva の中のモジュール「Viva Insights」にバーチャルコミュート(仮想通勤)という機能があります。リモートワークで仕事とプライベートの境界が曖昧になり双方に良くない影響を与えるのを防止するために、1 日の最後に今日の出来事を振り返り、残タスクを整理して明日に備える時間をリマインドしてくれる機能です。同時に仕事モードからプライベートモードへ頭を切り替えることによるウェルビーイング向上効果も謳われています。このバーチャルコミュートのような「遊び」が人間には必要で、今後、従業員エクスペリエンスに欠かせない機能となり、その数も増えていくでしょう。

AI 時代に人間に必要になるスキルは言わば「無駄を楽しむ能力」と言ってもよいかもしれません。創造的な「無駄」を作りましょう。今後AIが発展するにつれ、私達人間に非生産的、非効率的、非合理的な営みに割く十分な時間をもたらすための仕組みが必要不可欠になるでしょう。従業員エクスペリエンスは人間が人間たる所以を私達一人ひとりが実感し、生産性と従業員エンゲージメントの双方を向上させる AI 時代に必須のアプローチなのです。

*1:スパイク・ジョーンズ監督, 「her/世界でひとつの彼女」, ワーナーブラザース, 2013年
*2:ウォシャウスキー兄弟監督, 「マトリックス」, ワーナーブラザース, 1999年


この記事の筆者

安達 一真 は、20 年以上に渡り IT 業界でお客様の課題を解決する支援をしています。アプリケーション開発者としてキャリアをスタートさせた後、IT 好きが高じて、インフラストラクチャー、ネットワーク、クラウド、IoT と幅広く仕事をしてきました。元気いっぱいの 2 児の父親です。